4月1日は私のおばあちゃんの誕生日でした。
90歳?になったはず。腰は少しも曲がっておらずとても上品で若々しいおばあちゃん。なにより言葉遣い、言葉選びが昔からとても美しい。
花森安治時代の暮しの手帖を一号から綺麗にとってあるような人。松浦弥太郎さんの著書にクッキー缶を掲載していただいた時は暮しの手帖の当時編集長だったのでおばあちゃんにもとても喜んでもらえました。

90歳とは思えないおばあちゃんだけれど若い頃に突発性難聴を患ったことから片方の耳が聞こえない。それが一昨年聞こえていた方の耳もとうとうほとんど聞こえなくなってしまいました。その時ばかりは気丈なおばあちゃんもとても落ち込んでいた。もし、突然音のない日々を過ごさなければならなくなったとしたらとても怖い、寂しい。そしてなにより聞こえない事でコミニュケーションをとることが困難になればそれこそ孤独になってしまう。 私はそれが最も辛いと思いました。おばあちゃんの様子を側でみようにも毎日行くわけにはいかないし。
聞こえなくても、会えなくてもコミニュケーションを取れる方法はないかしら?と考えました。そしてすぐさまメールだ!と思いつきました。おばあちゃんからは到底遠い存在のiPad をすぐに贈くる事にしました。私のその提案に当初父はおばあちゃんがメールをマスターするだろうか、、と心配だった様子。でもやるしかないと思い、まずiPad 初心者の父にメールの使い方を教え、今度は父が私に教わった通りおばあちゃんに教えるという作戦。結果は大成功。本人のやる気もあり、めきめき上達してくれました。覚える事に一生懸命になればその間だけでも耳の聞こえない辛さは忘れられたりしないかなぁと私なりの願いもありました。

当初私はメールや写真をこちらから一方的に送るだけでも本当はいいと思っていました。 孫やひ孫の写真なんかを皆んな気が向いた時に送り、それを眺めるだけでもおばあちゃんも孤独じゃないかなと思っていました。
でも今じゃ絵文字も使いこなすスーパー90歳です。そして相変わらず美しい言葉選び。おばあちゃんからのメールはとても上品で素敵です。

先日おばあちゃんに誕生日のお祝いメールをしました。他にも皆からおばあちゃんiPad へお祝いメールが来たみたいでとても喜んでいました。
産まれた時からずっと私の大切なおばあちゃんだったけど一緒に住んでいないから少し距離のある存在だった。けれど今メールで繋がる事により、今までで一番身近におばあちゃんを感じる事が出来ている。それが私にとっても凄く嬉しい。
出来ればずっと元気でいて欲しい。心も体も。
おばあちゃん改めてお誕生日おめでとう。

また、メールしますね。